街歩き(岐阜県美濃加茂市太田町)

 昨日(10月25日)、実家への帰省のついでに美濃加茂市太田町(岐阜県)の散策をしました。


 散策のメインは中山道太田宿でしたが、今回は太田町の散策を掲載します。


 30年前の小学生の頃は親に連れられて、越美南線で美濃太田駅まで行き、駅の南にあった映画館イズミヤでの買い物を楽しんだものです。当時はイズミヤの近くに建設途中で放棄されたビルがあり、気持ち悪かったのを覚えています。
 80年代後半以降は郊外型店舗が急速に増え、もっぱら可児や関への買い物が多かったですね。

 

 このように30年ほど前の思い出しかない美濃加茂市太田町をじっくり歩いてみて、昔との違いを肌で感じてみた次第です。




 一言で言えば、美濃加茂市外国人と木曽川の町と言ったところでしょうか・・・・。




 30年前との一番の変化は、外国人労働者向けの店舗が増えたことですね。
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 こんなお店が駅前通りの空店舗に点々と入居している感じです。歩いていてもブラジル系の方は多かったですね。

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 調べてみると美濃加茂市の人口約54千人の10%ほどが日系ブラジル・フィリピン人とのことです。

 自動車・家電・工作機械の部品メーカーが多い地域ですから、このような状況なのでしょう。
 日本人街や中華街があるように、ブラジル人街というのが出来るのもそう遅くはないでしょうね。
 でも、共存共栄して行ければいいですね。



 JR美濃太田駅&長良川鉄道美濃太田駅
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 駅前にはシティホテル・ルートインなどのホテルがあります。大きな観光資源がないので宿泊で儲けられるとはとても思えません・・・・。


 駅前にある郷土の偉人「坪内逍遥」像
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 尾張藩太田代官所の手代の家に生まれ、小説神髄を書いたことで有名ですね。


 駅前通りはこんな感じです
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 30年前にはあった映画館イズミヤは今はもうありません。
 映画は関のマーゴや各務原のワーナーマイカルあたりに観に行くようです。
 イズミヤは・・・・岐阜県にはもうないようです。関西で頑張ってるみたいですね。


 
 そして木曽川の方に注目すると・・・・



 堤防の高さが川への畏怖を感じますね。
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 小学生の頃、大雨とダムの放流ミス?で木曽川が氾濫し、太田町一帯が浸水したことがあります。


 だからこんなおしらせもうなずけますね。
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 しかし、川にある釣堀というのは・・・・・
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 川で釣ればいいじゃないかと思うのだが、そういう問題ではないのかな? 釣りはやったことがないので分かりませんね。


 堤防にあったオブジェは意味不明・・・・
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 川原の石を積み上げて・・・・、やはりよく分かりませんね。


 そして木曽川は今日も優美に流れていました・・・
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 しかし天気は生憎の曇りで残念でしたね。





 今回散策した軌跡はこんな感じです・・・・
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 昔は美濃太田駅の南側が繁華街でしたが、現在は北側のロードサイド店が栄えています。 K’sデンキ・ユニクロ・吉野家などが駅の北側にありますね。南側には十六銀行と大垣共立銀行があるぐらいですね。




 おまけ・・・・それほど陽気がいいわけではないのに、季節外れの桜が咲いていました。

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 秋に咲く桜の種類ではないと思うんですけれど・・・




ではのんほい












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この記事へのコメント

2009年10月26日 23:41
こんばんは、小さい頃に慣れ親しんだ場所が今も変わらずに残っていれば、うれしいですよね、逆に跡形もなく変わり果てていればとても寂しい気持ちになります。最近寂しい気持ちになることが多くなったような気がします。河沿いのオブジェ、面白いですね。どんな意味があるのか知りたいです。
2009年10月27日 20:34
ナラジイさん、コメントありがとうございます。
美濃太田はかなり変わってしまって寂しいですが、時代の流れには逆らえないといったところでしょうか。
また、オブジェの意味はやはりよく分かりませんでした。すいません。
w_lucky117
2012年10月29日 17:27
こんばん和♪ 40年位前に、アルバイトでいずみや美濃加茂店 多治見店にお世話になっていました。東京の会社を退職しお世話になった人や場所を訪ねています。無くなってしまったとの事確認いたしました。ありがとうございました。いつも名古屋から犬山経由で美濃加茂に入り、多治見から高速道路で帰りました。懐かしい。

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